FC2ブログ

思い出すまま(31)たばこ

AvatarA父が昔の思い出を書き溜めた文章を送ってきた。昭和を生きてきた庶民の記録となっているので毎週1つずつ公開しようと思う。
父は愛知県知多半島の大野町に生まれ、中京商業の夜学から予科練に行き、戦後闇屋を経て神戸の小さな貿易会社で働いて家族を養ってきた。
昭和4年生まれの男は何を見て何を感じてきたのか?
それについて話ができればと思っている。
次の記事:
前の記事:

31 たばこ

戦前にあったタバコで記憶にあるものは、紙巻タバコでは金色の蝙蝠が二羽描かれた包装の「ゴールデンバット」と「朝日」くらいである。
後者は吸い口がついていて、女性の愛用者が多かったような気がする。
ゴールデンバットは安くて一番庶民受けするものだったように思うが、戦争中に金鵄という難しい名に変った。
英語排斥運動の余波だったのだろう。
戦前派なら直ちに、神武天皇の東征の折にその弓の先にとまった金色の鳶のことと解るが、今では何のことやら見当もつかないに違いない。
金鵄勲章というものがあって、特別の勲功を立てた軍人に与えられるものだったが、軍人が居なくなった今では勲章もなくなったのだろう。
戦争をしない自衛隊員が手にすることも先ず有るまい。
かくして金鵄という言葉自体が消えてしまって久しい。

母子家庭の僕の子供の頃に家でタバコを吸うものなど、無論、誰もいなかったが、周りの大人たちは殆ど例外なしに吸っていたようだ。
それは、しかし、殆どきざみタバコだった。
「みのり」とかいう銘柄があったように思うが、興味のあるものではないから、不確かだ。
名前からして、農村向けだったに違いない。
田舎のお百姓連中は、四六時中腰に喫煙用具を挿していた。
ケースに入れた煙管とそれに繋がったがま口のような煙草入れである。
休憩というと、やおら腰に挿したケースからスポンという音を立てて煙管を取り出し、小指の先くらいのタバコを丸めて雁首の先に詰め火をつけるのである。
何しろ小指の頭ほどの量だから、二三度吸えば終わりである。そうすると次のタバコを指先で丸めておいて、火のついたままのタバコを掌の上にフッと吹き出して、素早く新しいタバコを詰め、掌でくすぶっている吹き出したタバコで火を移す。
子供心に、よく熱くないものだと感心したものである。
百姓の手はそれほど頑丈だったのだ。
煙草盆というものがどこの家にもあって、客があれば、お茶とセットにして取りあえず差し出すというのがきまりだった。
煙草盆には、小さい火種を入れる鉢がついていて、それに灰を落としたりマッチを捨てたりすることになっていた。

母と一回り以上も違う伯母が、昔、村田屋というキセル専門店を横浜で開いていた男の養女になったとかで、「村田の伯母さん」と呼んでいたが、この伯母ともう一人、「呼続の叔母さん」とが、女だてらにいつも吹かしていたタバコが、吸い口付きの「朝日」だった。
どちらもずっと昔花柳界に関係していたとかで納得したのは、勿論遥かに後のことである。

戦後、十八くらいの頃から結核を患って入院するまで、一人前の顔をしてタバコを吸ったことがる。
さすがに都会ではきざみタバコを吸う人は稀になっていた。
所謂両切り煙草が、きざみ煙草を既に圧倒していた。
あの膨大な数のキセル(主に真鍮製)は何処へ行ってしまったのだろう。
その頃は赤い箱の「光」というのが一般的だったように思うが、少しきつい感じがした。

僕が主に吸っていたのは「憩」という安いやつだった。
戦後すぐに発売された濃紺の意匠の「ピース」は、噂ではアメリカ人がデザインしたとかで、値段が高かったように思う。
タバコの味がどうのこうのと言えない若造が吸うには生意気な感じがしたものだ。
1965年末、ベイルートへ行ったとき面白半分に水煙草を吸ってみたが、タバコをやめて既に十年も経っていたし、格別の思いは何も無かった。
第一あの大袈裟な装置が必要なら、持ち運びも大変だし、ちょっと一服とはいきかねる。

AvatarA

最近の嫌煙ブームはちょっと魔女狩りの様相を帯びている。
うちの会社の部長クラスが相次いで仕事中に卒中と吐血で救急車で運ばれた。
前々からタバコを毛嫌いしていた管理本部は、これを機会に禁煙を進め、喫煙コーナーも撤廃されるようだ。
私の聞くところでは2件とも喫煙が原因ではない。

嫌いな人(うちの嫁さんもその一人)にとってはタバコの煙は我慢ならないもののようだが、私は全く喫煙経験がないが、全然平気だ。
だから、喫煙者が迫害されるのが気の毒だと前から感じていた。

しかし、働き出した頃(30年前)別の感想も持っていた。
当時はPCなんてなく、オフィスは紙であふれていた。
あれだけの紙に囲まれながら、火のついた煙草を机上の灰皿に放置するのは、異常に思えた。
まして、あっちこっちの書類には、煙草の火で黄ばんだやつがごろごろしていた。
「あぶないなあ」と普通思うよね。
すぐに慣れ、なんとも思わなくなっちゃったけどね。

ところでゴールデンバットと黄金バットは何か関係あるのかな?



AvatarH2

【A】私は全く喫煙経験がないが、全然平気だ。だから、喫煙者が迫害されるのが気の毒だと前から感じていた。

私はかっては吸っていた。
と言ってももう20年以上も前だが。
Aと同じく他の人が吸うのはまったく気にならないので、昨今の追いやられっぷりには同情を禁じ得ない。

ただし、昔のタクシーの安物のビニールのシートカバーと煙草の組み合わせだけは最悪で、なんとも言えない臭いに気分が悪くなった覚えがある。

【A】ところでゴールデンバットと黄金バットは何か関係あるのかな?

ちょっと調べた限りでは関連はわからないね。
それにしてもどちらも古いね。
煙草は明治、漫画は昭和初期らしい。
関連記事
スポンサーサイト



テーマ : こんなことがありました
ジャンル : ブログ

トラックバック


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

まとめtyaiました【思い出すまま(31)たばこ】

父が昔の思い出を書き溜めた文章を送ってきた。昭和を生きてきた庶民の記録となっているので毎週1つずつ公開しようと思う。父は愛知県知多半島の大野町に生まれ、中京商業の夜学から予科練に行き、戦後闇屋を経て神戸の小さな貿易会社で働いて家族を養ってきた。昭和4年...

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

spacecowboys A H

Author:spacecowboys A H
Space Cowboys は、2人の親父です
"A" システムエンジニア・
   中日ファン・世情に疎い
"H" 総務畑・てっちゃん・
   阪神ファン・雑学が得意
2人ともイーストウッド好きの還歴男

カテゴリーメニュー

カウンター
最新記事
最新コメント
最新トラックバック
カレンダー
12 | 2020/01 | 02
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク