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演歌の衰退

AvatarAここ何年も演歌のヒット曲がでていない。

Wikipediaによると音楽理論的には「演歌」というジャンルは存在しないそうだ。
じゃあ、これまで我々が「演歌」と呼んでいたのは何だろう。
1970年代、少し聴けば演歌かそうでないかは判別がついた。
あれは何で判断していたんだろう?

歌詞の表現している題材だと思う。
男女平等はまだまだ実現せず、女性の地位が低かった時代。
どうしても不幸な人生を歩む女性が多かった。
「演歌」の主人公はたいていそういう女性だった。
つまり極論を言えば「不幸な女性の境遇を描く」のが演歌だった。

時代が進み、女性の地位向上と、経済的独立が進んだ現代。
演歌はその題材を失い、滅んでいったのではないだろうか。

ところで男尊女卑は、アメリカでも1960年代まで一般的だった。
やっぱり、当時はアチラでも女性の不幸を歌った歌が多かったんだろうか?

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テーマ : 演歌/歌謡曲
ジャンル : 音楽

ロッキーシリーズ

AvatarA今年のGWの直前、AmazonPrimeにロッキーシリーズがアップされた。
Prime会員は無料視聴できるので、一気に鑑賞した。
ロッキー、ロッキー2~5、ロッキー・ザ・ファイナルの6本だ。

見返して思うのは、やはり第一作は名作だということ。
そして、第二作以降は蛇足だったな、ということ。

第一作は、珠玉の名シーンのオンパレードだ。
エイドリアンとのスケート場のデート。
繊細な感情が伝わってくる初めてのキス。
喧嘩別れしたミッキーとの和解シーンの静けさ。
テーマ曲にのってトレーニングシーンは盛り上がる。
市場を走るロッキーにみんなが声をかける。
徐々にスピードを上げ全力疾走するシーンが美しい。
片手の腕立て伏せ、トレーナーがサムズアップし「ぶっ殺せ」。
博物館の階段を駆け上がり、ピョンピョン跳ねるクライマックス。
アポロとの激闘、満身創痍で「エイドリアン」と呼び続ける。
何度見ても揺さぶられるものがある。
スタローンの美意識とハングリー精神のちょうどいいブレンド。

それに比べ第二作以降は完全に「商売」だ。
それぞれに「夫婦愛」「友情」「同性愛」「親子愛」などのテーマがあるが、いずれも第一作の劣化したコピーだ。
無名のボクサーが、チャンピオンと試合して、15ラウンド戦い抜くことで、自分の人生に意味を見出そうとする感動的な第一作。
それが第二作では勝っちゃうんだから、第一作の感動が台無しだ。
そもそも第一作のラストでアポロもロッキーも「リターンマッチはしない」と言ってたのに何で再戦したのか。

テーマ : 洋画
ジャンル : 映画

音楽のある光景 (6) 探偵物語

AvatarA宇多丸が1980年代の薬師丸ひろ子について、他のアイドルと一線を画した存在だったと語っている。
一種宗教的な雰囲気を身にまとっていたとも言ってった。
当時の私は野球と映画以外テレビを観ることはなかった。
たまたま見た歌番組で「探偵物語」(1983)を歌う薬師丸を見て、強い印象を受けた。

夜、どこかの社寺からの生中継。
歴史的建造物の2階部分に立って薬師丸ひろ子が歌い出す。
聴衆を見下ろす姿は、城のバルコニー立つ王侯貴族のようだった。
もちろんそれを狙った演出なんだろうが、それはすなわち宇多丸の言葉を裏付けているように思える。
歌い終わった後、あたりを睥睨する雰囲気が残った。
彼女が芸能界に君臨しているかのようだった。
そのような光景はこの時だけだった。
それだけに忘れられないのだ。

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

音楽のある光景 (5) ルビーの指輪

AvatarA1982年の春、卒業を控えた私はゼミ合宿に参加した。
その帰り、同級生が車で家まで送ってくれた。
車の中でずっとかかっていたのが、寺尾聡の「ルビーの指環」(1981)だった。

前年からヒットしていたのは知っていたが、私の寺尾聡のイメージとかけ離れた曲でピンと来てなかった。
この頃の私の寺尾聡のイメージは、「男はつらいよ・寅次郎夕焼け小焼け」(1976)によるものだった。
この映画での寺尾聡は、竜野市役所に勤める平役人だ。
先祖は竜野の領主だったが、落ちぶれて下っ端役人に甘んじているという設定。
要領が悪く、失敗ばかりのコメディリリーフが役どころだ。
なので、「ルビーの指輪」のかっこつけた歌詞にイメージがそぐわなかった。

同級生は、カーステで繰り返し「ルビーの指輪」をかけてドライブしていた。
女の子を乗せた時もきっとかけているだろうな、と思いながら聴いていた。
流れる景色の中で聴く「ルビーの指環」はBGMとしては上出来だった。
「なるほど、こういう青春もあるんだ」と思ったりした。
私の普段の生活とのギャップが大きく、印象に強く残った。

そういえば、若い頃HやKの車によく乗せてもらったけど、音楽が流れていた印象がないなあ。
もっぱら大相撲・野球中継だったっけ?

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

音楽のある光景 (4) 喝采

AvatarA以前従兄の結婚式でちあきなおみの「喝采」(1972)を歌うおじさんの話をしたよね。
ちょっと引用するね。
----------------引用はじめ----------------
30年ぐらい前のいとこの結婚式の披露宴だった。
スピーチを指名された、相手側のおじさんが歌を歌い出した。
その時歌ったのが「喝采」だった。
唄い出しはこうだ。

「いつものように幕が開き
恋の歌うたう私に
届いた手紙は黒い縁取りがありました」

葬式の通知だ。
披露宴にふさわしくないし、ギャグでもない。
聞いてる方は固まったけど、おじさんは最後まで歌い切った。
----------------引用おわり----------------
会場はざわつくわけでもなく、妙に静かだった。
びっくりしたので、この時の光景は鮮明に覚えている。
特に2番の歌詞

「暗い待合室
話す人もない私の
耳に私の歌が通り過ぎていく」

のあたりは、その場の状況にぴったりシンクロして、忘れられない。

小津安二郎の「秋日和」(1960)にこんなシーンがある。
学生時代の友人の七回忌の帰り、黒い背広の初老の男たちが小料理屋で飲んでいる。
未亡人(原節子)があいかわらず美人だとか話している。
そこに顔を出した女将が男たちの服装を見て言う。
「おや皆さん、結婚式のお帰りですか?」
佐分利信が答える。
「まあそんなようなもんだ」
と苦笑い。
慶事と弔事の混同によるユーモアだ。


喝采(2018.7.20)
http://spacecowboys33.blog130.fc2.com/blog-entry-3562.html

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

音楽のある光景 (3) 愛の休日

AvatarA1974年の10月、高校の修学旅行で北海道に行った。
以前に話した「おじゅう事件」があった旅行だ。
あれは、北海道に向かう船の中の出来事だが、今回は帰路の話だ。

帰り道、北海道から青函連絡船で青森に渡り、そこから夜行で関西に戻った。
夕方暗くなっていく東北の風景を車窓から見ていた。
浮かれた非日常の一週間が終わりかけている。
なんとなくセンチメンタルになるところに聴こえてきたのがミッシェル・ポルナレフの「愛の休日」(1972)だった。

しらけたように明るい車内で誰かのラジオから聴こえる「愛の休日」。
その物悲しい歌声が、夕闇に飲み込まれていく東北の風景に絶妙にマッチしていた。
以来、「愛の休日」を聞くと車窓から見た東北の夜を思い出してしまう。


かバのボさバっこボいビいビ(2020.10.8)
http://spacecowboys33.blog130.fc2.com/blog-entry-4414.html

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

音楽のある光景 (2) ダンシング・ヒーロー

AvatarAバブル景気という言葉に連想してしまう光景がある。

1987年頃だと思う。
会社の後輩と三宮の生田筋にあった居酒屋「万」に入った。
新しくできた店で、洋風の内装、金属椅子と机が並んでいた。
数十席あった薄暗い店の奥には、プロジェクターが設置されていて、音楽ビデオが映写されていた。
その時大音響で流れていたのが荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」(1985)だった。
チュールの入った膨らんだスカートで、荻野目洋子が踊りながら歌っていた。

当時の私はバブルとは無関係の生活を送っていたが、この居酒屋に流れる浮かれた雰囲気は今も思い出す。
荻野目洋子の「ダンシング・ヒーロー」は、私にとってのバブルの象徴として居酒屋の光景と共に記憶に残った。

30年後に登美丘高校ダンス部が、バブリーダンスという振り付けで有名になった。
世間的にもこの曲はバブルの象徴になったようだ。

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

音楽のある光景 (1) 映画音楽

AvatarA昔から2つのことを並行して行うのが苦手だ。
音楽を聴きながら、勉強したり本を読んだりできない性質なのだ。
音楽が流れているとそれに集中してしまい、勉強や読書ができないのだ。
だから、同世代の人より音楽を聴いてきた時間は、かなり少ないと思う。

例外は映画で、映像と音楽が一体となって入ってくる。
そして深く記憶に刻まれるようで、よく覚えている。
若い頃、喫茶店のBGMはたいてい映画音楽(歌のないやつ)だった。
7割ぐらいは原典が分かったと思う。

大学生になり観た「2001年宇宙の旅」の音楽は強烈だった。
人類の進化を暗示するシーンの「ツァラトゥストラはかく語り」や、宇宙船のランデブーシーンでの「美しき青きドナウ」は、意外性のある選曲で、観客を魅了した。
その後クラシックに興味を持って、学校の図書館で聴いてみたが、映画・ドラマで聴いたことがある曲でないと全然楽しめなかった。
ドラマ「あ・うん」で使われた「アルビノーニのアダージオ」は、心に沁みたが、モーツアルトは楽しくなかった。

さて、人生の中には、音楽とセットで記憶しているシーンがある。
どうということないことが、音楽とセットになることで、深く記憶に刻まれている。
それらは、なんらかの形で私を作っているピースになっているはずだ。

次からはそういうピースを話してみたい。

テーマ : 音楽のある生活
ジャンル : 音楽

「砂漠」の鬼将軍

AvatarAナチスドイツの名将ロンメルを主人公にしたアメリカ映画。
原題は「The Desert Fox: The Story of Rommel」。

冒頭のシーンが良い。
イギリスのコマンド部隊がロンメルを暗殺する為に暮夜ドイツ軍駐屯地に潜入する。
激しい銃撃戦の中で瀕死の重傷を負ったイギリス兵がドイツ兵に聞く。

「奴は死んだか?」

ドイツ兵は「あの方は不死身だ」と答えてイギリス兵を射殺する。

戦争アクション映画だと思って観ていると、戦闘シーンはほとんど出てこない。
そして製作者のロンメルに対する敬意が伝わってくる内容だった。
原作者はイギリス軍のデズモンド・ヤング准将。
アフリカでロンメルの捕虜となったことから、その人物に触れる。
戦後ドイツを訪れ未亡人や関係者に取材してロンメルの伝記を書いた。

常に前線に立ち指揮を執る姿や、あくまで軍人の立場を貫き、政治と距離を置く姿勢が好意的に描かれる。
平民出身の元帥で、国民の信頼は絶大。
場合によっては、ヒトラーからの玉砕命令も無視する。
ノルマンディを視察し、そのずさんな防御線に絶望する。
家族を愛した男は、最後はヒトラー暗殺計画への関与を疑われ、毒薬を渡される。
家族を人質に捕られ、やむを得ず自殺する。

この映画は、1951年公開。
終戦から6年しか経っていない。
連合軍が恐れた敵将を好意的な目で描いていることに驚く。
戦時中から味方のみならず敵からも尊敬されていたのだ。

チャーチルは、ロンメルを評し、「大胆で有能な敵手。ナポレオン以来の戦術家」と1942年に国会で称賛している。

テーマ : 昔の映画
ジャンル : 映画

裕次郎が若大将を生んだ?

AvatarA以前に「高倉健の日本侠客伝は東映版若大将」と言ったことがあるけど、そのルーツは日活の石原裕次郎じゃないかと最近思う。

裕次郎が「狂った果実」で鮮烈にデビューしたのが1956年。
翌年の「嵐を呼ぶ男」でスターの地位を不動のものにする。
周辺の人物のインタビュー記事を見ると、日活の俳優の中でもリーダーシップがあり、会社との待遇改善の交渉の先頭に立っていたという。
若いながらも皆を引っ張て行くという姿勢が人気をさらに膨らませたんだろう。
それまでにはいないタイプのスターだ。
だから、他社もそういうスターを作ろうとしたんじゃないだろうか。

加山雄三の若大将シリーズは、1961年~1971年。
高倉健の日本侠客伝シリーズは、1964年~1971年。
大映も市川雷蔵で若親分シリーズを作っていて、1965年~1967年。
シリーズ化しているのは、若大将のイメージを定着させる為だろう。
作られたスターだと言える。
今回調べて気付いたが、本家本元の裕次郎には、シリーズ化した作品がない。
つまり、最初からスターだったということの証だろう。

メジャーの五社の中で、女性映画が中心の松竹には、若大将はちょっと見当たらない。

テーマ : 邦画
ジャンル : 映画

プロフィール

spacecowboys A H

Author:spacecowboys A H
Space Cowboys は、2人の親父です
"A" システムエンジニア・
   中日ファン・世情に疎い
"H" 総務畑・てっちゃん・
   阪神ファン・雑学が得意
2人ともイーストウッド好きの還歴男

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