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忘れ得ぬ店たち(10)ミスタードーナツ(三宮駅前)

AvatarA1月17日の出勤前、東遊園地の阪神大震災の追悼式典会場に向かった。
阪急三宮東口で降りて、横断歩道を南に渡った。
震災前の街を思い出しながら歩いた。

かつて三宮駅前南側にミスタードーナツがあった。
1980年代、会社で徹夜して翌朝帰宅することが良くあった。
開店直後のミスタードーナツに入り、コーヒーとドーナツをたのむ。
朝イチだと揚げたてのドーナツを出してくれる。
冬の朝など、コーヒーと温かく香ばしいドーナツはなによりのごちそうだった。

あんなのは長く口にしていない。

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テーマ : ファーストフード
ジャンル : グルメ

忘れ得ぬ店たち(9)老祥記

AvatarA
家族のリクエストで老祥記の豚まんを買って帰った。
南京町の店の方で15人ほど並んでいた。
幸い15分ぐらいで買えた。
驚いたのは、1個100円に値上がりしていたこと。
前回買った時は1個80円だったはず。
ケーキ屋が繁盛すると値上げして、その癖味が落ちたり大きさが小さくなったりすることがある。
幸い豚まんは味も大きさも変わっていなかった。
肉汁たっぷりの食感も昔のままだった。
消費税が10%に上がった時には値上げするなよ。

さて、元町商店街5丁目にあるのが老祥紀だ。
一文字違いのこっちは、水分が少なくあっさり味だ。
私は通常はこっちで買う。
すいているのですぐ買えるのと、あっさりしている分たくさん食べられるからだ。
1個80円なのもうれしい。(3か月ぐらい前の情報)

大きなシステム改変がある時、休日出勤して切り替え作業をすることがある。
限られた時間内に多数の作業をこなす必要がある時、私は老祥紀の豚まんを買ってくる。
机の上に数十個積み上げ、作業しながらつまむ。
まとまった休憩時間が取りにくい時にチームのメンバーとつまむ豚まんもおつなもんだ。

テーマ : 関西の美味しいお店
ジャンル : グルメ

忘れ得ぬ店たち(8) たこ磯

AvatarA
明石文化博物館に江口寿史が描く美少女画展を見に行った。
そのついでに魚の棚商店街に足を延ばし、明石焼きを食べた。
店の名は「たこ磯」で名物は穴子とタコが入ったミックス焼きだ。

出汁にひたし、明石焼きをほおばると、舌の上でとろける。
右の奥歯でタコの食感を楽しみながら、左の奥歯で穴子をかむ。
じわっと焼き穴子の風味が口の中に広がり、うっとりする。

初めての店だったが、再訪してみたい味だった。

テーマ : お店紹介
ジャンル : グルメ

忘れ得ぬ店たち(7)元町牡丹園閉店

AvatarA2017.8.28に取り上げた元町牡丹園が閉店する。

今日(2019.3.19)久しぶりに昼飯を食べに行った。
いつもはガラガラの13時過ぎなのに、ほぼ満席状態。
なんとか席を見つけ、牛肉卵ご飯+小ワンタンを注文。
あの他にはない癖になる味を楽しんで帰りしな、おばちゃんが言った。

「ちょうどいい時に来てくれた。明日で閉店やねん。」

体がきつくなってきて、引退するらしい。
そういえば、サラリーマン相手の店なのに、水木定休日だった。
休み過ぎだと思っていたが、当たり前だけどもう歳だったんだね。
震災前の南京町にあった頃から通っているから、30年近くお世話になったわけだ。
お疲れさまでした。

この店はいつもBGMで昔の歌謡曲がかかっていた。
ただし歌詞は中国語だった。
いつも同じような曲だったけど、特に耳に残っているのは、次の2曲だ。

「旅愁」西崎みどり(1974)
「四つのお願い」ちあきなおみ(1970)

料理を作ってたおじちゃんの趣味なのかな?

忘れ得ぬ店がまたひとつなくなった。

テーマ : 神戸食べ歩き
ジャンル : 地域情報

忘れ得ぬ店たち(6) 元町牡丹園

AvatarA
神戸で牡丹園と言えば、別館牡丹園だが、鯉川筋の表通りの方に本館牡丹園が出来て紛らわしくなったのはもう20年ぐらい前。

それより前から南京町の路地で営業してたのが、この元町牡丹園。
店の全体的なレベルは別館牡丹園に遠く及ばない庶民的な店だが、ただひとつ牛肉卵ご飯だけは、こっちに軍配を上げる。

それに別館牡丹園で牛肉卵ご飯を食べると1200円もするけど、こっちの牛肉卵ご飯は680円とリーズナブル。

阪神大震災前はよく昼飯を食べたもんだ。

震災の時、気になって見に行ったら、建物の壁が剥がれ落ちて2階の部屋が丸見え状態だった。
当然取り壊しで、建て直されたビルにも入らなかった。
廃業したかと思ってたら、元町通3丁目で営業していた。

以来20年、時々食べに行っている。

ただこの店、しょっちゅう休みになっていて、肩すかしが多い。
定休日を聞いてみたら、水木だとさ。
サラリーマン相手の昼飯でにぎわっているはずなのに、平日5日中2日休むとは中々のつわものだ。

でも、牛肉卵ご飯が美味しいから許す。
ここが休みでも、近所にキーマカレーの「元町3丁目」があるからね。

この店の牛肉卵ご飯は、なんか人工調味料のような味がする。
それがマイナスじゃなく、何故か癖になる味なんだ。
エースコックのワンタン麺もそうだけどね。

ところで食べログを見ると、牛肉卵ご飯を推すコメントが見当たらない。
昼飯時のサラリーマンはかなりの確率で頼んでたのに。
不思議な話だ。

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テーマ : 中華料理
ジャンル : グルメ

忘れ得ぬ店たち(5) 元町通り3丁目

AvatarA
元町通り3丁目の西の端、元町商店街から北へ20mほど上がったところにある小さな店。


キーマカレー専門店と店の看板に書いてある。

中に入ると確かにキーマカレーしかない店だった。
トッピングは、温泉玉子・チーズ・ネギの3種のみ。

チーズをトッピングとして注文した。
ママが鍋で溶かしたチーズをたっぷりご飯にかけてくれた。
ルーと同じぐらいのボリュームで。これが中々いける。
食べ終わりそうなタイミングでママが声をかけてくれた。
「ルー足しましょか?」
どうもサービスのようだったけど、チーズとの混ざり具合が丁度よかったのでノーサンキュウ。

満足して店を出たが、何かちょっとひっかかった。
ちょっと考えて思い出したのは「キーマカレー専門店」という看板の文句だ。
確かにキーマカレーしかないからキーマカレー専門なんだが、普通専門店と名乗る店は、専門と名乗るメニューについては、深く掘り下げている。
たとえばいろいろな種類のキーマカレーのメニューがあったり、トッピングのバリエーションが豊かだったりする。
元町通3丁目は、メニューは「神戸キーマカレー」1種類しかない。
トッピングも温泉玉子・チーズ・ネギというほんの思いつきみたいな3種しかない。

まあ、美味しかったから、文句はないけどね。

テーマ : カレー
ジャンル : グルメ

忘れ得ぬ店たち(4) マクドナルド阪急三宮西口店

AvatarA
阪急三宮西口の改札を出て階段を下りたところのコンコースにあるマクドナルド阪急三宮西口店。
週末は待ち合わせをする人々でいっぱいだ。

私はここ1年半ぐらい休日出勤が増えている。
そんな時、このマクドナルドで朝マックのソーセージマフィン(100円!)を2つ買って出社する。
バイトの店員は何人かで交代しているようだけど、いつ行ってもいる女の子がいた。
小柄で丸顔、めがねをかけ髪の毛を後頭部でまとめた小動物的かわいさを持った子だった。
いつもいるので、働き者だなあと思っていた。

ある日行くと彼女が2人レジにならんでいた。

顔も体格も服装も名札も声も同じで、どうも双子だったようだ。
話し方や手振り前歯の間のすきまもテキパキしているところも同じ。
それから何回か2人そろっているのを見たけど、全然区別がつかない。

ある時から、私がいつも「ソーセージマフィン2つ、持って帰ります」と注文するので、それを覚えてくれた。
向こうから「ソーセージマフィンですね?」と声をかけてくれることが多くなった。
こっちはそれに対しうなずき指で2個と応える。
ただ、いつもではないので、どちらか一人が覚えてくれたのか、タイミングの問題なのか、なんせ2人の区別がつかないので分からなかった。

全く同じように見える人が2人が活動しているのを見るのは、何故か楽しい。
不思議だね。

今年になってからは彼女達を見ていない。
2人そろって辞めちゃったのかな。

休日出勤の際の密かな楽しみだったのに・・・


AvatarH2

そりゃ楽しいやろね。
なんでかわからんけど。

以前『双子』で話した私が通勤時に遭遇した双子も最近とんと見かけないなあ。


テーマ : こんなことがありました
ジャンル : ブログ

忘れ得ぬ店たち(3)杏花村

AvatarA
昨日(4/2)から急に天津飯が食べたくなった。
夕方ちょっと抜けて食べに行こうと思ったら急な会議でダメ。
こうなるとますます食べたくなるのが人情で、うずうずしているうちに口が味を思い出した。
おととしの10月にトアロードを歩いた時に見つけた杏花村の天津飯の味を。

トアロードを歩いてみた PART1 (2013/10/13)
http://spacecowboys33.blog130.fc2.com/blog-entry-1751.html


今日終業のチャイムが鳴るとすぐ会社を飛び出して、トアロードを登った。
雨の降る中、帰宅する勤め人の人ごみをかきわけて、杏花村にたどり着く。
なんと閉まっていた。
ふと窓を見ると、あの独特の文字でこう書いてあった。

「都合により休業させていただいております。お詫び申し上げます。」

こういう古い店が休業するとかなりの確率で閉店する。

あの昭和30年代を思わせる店の雰囲気をもっと味わいたかった。
天津飯もね。

店って通っている時は、なぜか永久にそこにあるような気がしている。
でも、店にも人間と同じく寿命がある。
東亜食堂もゴムクラブも札幌亭もその寿命を終えた。

杏花村はなんとか続いて欲しいな。

さて、ちょっとショックだったけど、帰り道にセンター街(の1本南の通り)の丸萬で天津飯を食した。
こっちも杏花村と同じく天津飯のうまい老舗だ。
この店の天津飯がおいしいという情報は長年この辺で会社員生活を送った父に聞いた。

天津飯に満足したけれど、私が店に入った時は客ゼロ、私が店を出るまで誰も入ってこなかった。
時刻は18時の夕飯時。
この店大丈夫か?


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テーマ : こんな店に行ってきました
ジャンル : グルメ

忘れ得ぬ店たち(2)札幌亭

AvatarA
高校生の頃、三宮で途中下車してよく立ち寄ったのが札幌亭だ。

今のみなと銀行本店(当時は阪神相互かな)の道路を挟んだ北側のブロックの路地にあったラーメン屋だ。
肉の三ツ輪の斜め向かいの10人入ればいっぱいになる小さな店だった。
最近のようにラーメン専門店が乱立している時代ではなく、ご当地ラーメンはその土地に行かなければ食べられなかった。
そこに札幌ラーメンの店が出来たので中華のラーメンしか知らなかった我々には珍しかった。

特にお気に入りはバターラーメンで、塩ラーメンにバターを落としただけのものだったけど、脂っこいものを欲している男子高校生には、とんでもなく美味しく感じたものだ。
店は夫婦でやっていて、小さな女の子が遊んでいた。

大学に入っても友達を誘ってよく通った。
その時の友だちが、この店でバイトを始めたが、しょっちゅう遅刻するのでオヤジさんがぼやいていた。
携帯はおろか、学生下宿には電話を引いている奴なんていない時代。
バイトが遅刻しても、ただ待つしか出来ない。
結局すぐクビになったが、なんとなく行きづらくなっていた。

就職して三宮で勤務しだすとまた通いだした。
ある夕方、残業に備えラーメン食ってると、制服姿の女子中学生が飛び込んできた。
女子学生が一人でラーメン屋に入るのが珍しい時代だったので、よく見ると店で遊んでいた女の子だった。
通いだしてから10年は経っているんだから当たり前なんだけど、びっくりしたなあ。

その後もちょくちょく食べに行ってたが、オヤジさんが歳とったなあと思い出した頃、阪神大震災が神戸を襲った。
札幌亭は倒潰はしなかったけれど、地震後の火事で焼けてしまった。
その後再建されたと思うけれど、なぜか足が向かず、いつの間にか無くなっていた。

札幌亭もネットを検索して、ほとんど情報を見つけられなかった。
ラーメンブームの神戸におけるさきがけのような店で、結構流行っていたのに。

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テーマ : ラーメン
ジャンル : グルメ

忘れ得ぬ店たち(1)ゴムクラブ

AvatarA
先日東亜食堂の思い出を語った時、ネットで色々と東亜食堂について検索してみたが、「伝説の名店」と言われる割には、グルメサイトを除くとびっくりするほど情報が無かった。
もう閉店したとはいえ、多くの神戸人が通った店なのに・・・
我々が好きだった店が忘れ去られるのは何かさびしい。
そこで、忘れ得ぬ店たちの思い出を記録しておこうと思う。



第一回は「ゴムクラブ」

阪神大震災よりも前の話になる。
播磨町の太陽神戸銀行本店(現三井住友銀行神戸営業部)の西側の道のビルの側壁にその貼り紙はあった。

「←ゴムクラブ」

矢印はビルとビルの間の路地の奥を指していた。
その路地を入るとぽかっとエポケットの様な小さな中庭に出た。
中庭に面したレトロなビル(ニッケビル?)の1つに2階へ上る階段があった。
その階段を上ると喫茶店ゴムクラブだった。

普通の喫茶店とは全く雰囲気が違う。
まず第一に非常に静かだった。
ほとんどの客は店に置いてある雑誌を見ているか、目を閉じているかで、会話をしている人はほとんどいない。
ぽつぽつと会話する人がいても、店の雰囲気のせいか小声でぼそぼそ。

椅子(ソファー)と机は、おそらくはどこかの会社の応接セットを貰い受けたものだ。

その証拠に調度品に全然統一性がなく年季が入ったものだったが、モノとしては上等なようで、ソファーは座ると20cmぐらい沈み込んだものだ。
残念ながら、古い家具に良くある様にスプリングが痛いことがたまにあった。

BGMはラジオだった。
それも音量を絞ってあるので、流れてくる音楽も会話もほとんど聞き取れない。
休日に家で、隣の部屋の家人の会話を聞くともなく聞きながら、うたた寝をしているような感じだ。

ものすごくリラックスできる空間で、昼休みに行くと寝ている客が多かった。
バブルの時代でみんな忙しかった頃の話だ。

店はおばあちゃんがやっていた。
相当高齢で、注文を受けてコーヒーやジュースを運ぶのに、キッチンワゴンに載せてを押してきたもんだ。
半分杖代わりにしているような感じでもあった。
何と言うか、平和そのものだったなあ。

阪神大震災でこの界隈もボロボロになり、ゴムクラブも消えてしまった、と思ってたら、ちょっと南の建隆ビルのこれまた2階で営業していた。
近代的なビルに入っていたが、事務所のようなドアを開けると、あの雰囲気が再現されていた。
そしておばあちゃんとキッチンワゴンもボソボソしゃべるラジオも健在だった。

震災で古き良き神戸が散々に破壊されたのを見たあの頃、ゴムクラブとの再会は、ほっとさせられた瞬間だった。

それから10年以上が過ぎて、ゴムクラブはいつの間にかなくなっていた。


ネットでゴムクラブを検索してみたけど、東亜食堂以上に情報がない。
2ちゃんねるにわずかに記述がみつかっただけだ。

Hはゴムクラブを知らないよね?

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テーマ : こんなことがありました
ジャンル : ブログ

プロフィール

spacecowboys A H

Author:spacecowboys A H
Space Cowboys は、2人の親父です
"A" システムエンジニア・
   中日ファン・世情に疎い
"H" 総務畑・てっちゃん・
   阪神ファン・雑学が得意
2人ともイーストウッド好きの還歴男

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