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九州からの転校生

AvatarA年末に「フラガール」を放映してたので観てたら、昔の記憶がよみがえってきた。

「フラガール」は1965年~1966年の話だが、炭鉱の人員削減が進み、炭鉱夫とその家族が移っていくシーンがある。

1967年頃、私は塩屋に住んでいた。
ある日大量の転校生がやってきた。
町はずれに出来た社宅に引っ越してきた家族の子供たちだ。
あれって、もしかしたらどこかの炭鉱で仕事がなくなり、神戸に移り住んだのかも。
「馬原」を「まばる」と読ませる苗字の子がいたので、九州(三池炭鉱あたり)から来たんだと思う。
彼らはみんな素朴な子供たちで、将来の夢が新幹線の運転手という子がいたりした。

石炭産業の衰退は教科書や映画の中の出来事だったけど、意外にニアミスしていたのかもしれない。

大好きな松雪泰子の映画なんだけど、今回は見逃したな。
と言って今時CSやレンタルならいつでも見れるんだけど、地上波は勿論ギリギリBSまでで放映されると何か見なきゃ行けない気がする。

さて、この話前にした覚えがあって自分達のブログ内を検索してみると、「昭和50(1975)年」の中だった。

テーマはある年代には古いものと新しいものが混在しているのが当たり前なのに記憶は当時の新しいものに偏り勝ちで、写真等を見返すと思いの他古くていささか驚かされるということだ。

もう一つ、若い頃の数年は、後で振り返ると歴史から現実へワープするぐらいの速さで過ぎて行くということ。
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テーマ : 思うこと感じること
ジャンル : ライフ

羊は万里の長城を越えられない

AvatarA万里の長城を取り上げたNHKのドキュメンタリーを観た。
その中でこんなことを言っていた。

「匈奴は羊を連れて移動するので、羊が越えられない壁は、匈奴の侵入に対し効果がある」

私は今まで万里の長城は匈奴(遊牧民)の軍勢を防ぐためのものだと思っていた。
どこから来るのか分からない匈奴の軍勢をあれだけの広範囲に防ぐのは不可能じゃないかと思っていた。
壁自体そんなに高くないしね。

でも遊牧民が漢の領土から締め出す目的だったら、羊が越えられなければ十分だから、万里の長城は有効そうだ。

トランプの壁のことを万里の長城と嗤っていたが、思ってたより目的は似通っているみたいだ。




【A】私は今まで万里の長城は匈奴(遊牧民)の軍勢を防ぐためのものだと思っていた。




人ではなく、馬を想定したものとは思っていたけど、馬=軍ってことで、同じ動物でも生活の友の羊とは思ってなかった。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

日本軍の愚行

AvatarA終戦の日が近づくとテレビで旧日本軍の愚行を取り上げる番組が放送される。
特に日本軍の日本兵に対する酷い扱いがよくテーマとなる。

徴兵され戦地に送り込まれると何年も帰れない。
その間休暇もないことが多い。
人命や人権を無視した扱い。
非論理的な作戦の末、多くの兵士が犠牲となる。
そのつけは遺族に回ってくる。

先日高度成長期のホワイトカラーの生産性の低さを話題にしたが、あの頃の日本企業の従業員に対する扱いには日本軍の兵士への扱いに相通じるものがある。
違うのは、命までは取られない、最低限人権は法律や組合に守られていること。
そして、働いた分豊かになったと感じられたこと。

高度成長期のサラリーマンの多くは戦争経験がある。
彼らは大戦中に比べれば、あの程度のハードワークはどうってことない、と思っていたんじゃないだろうか?

だからホワイトカラーの働き方改革は数十年も遅れたのではないか?
終戦特集を見ながら、そんなことを考えていた。

【A】高度成長期のサラリーマンの多くは戦争経験がある。
彼らは大戦中に比べれば、あの程度のハードワークはどうってことない、と思っていたんじゃないだろうか?

実際戦争体験を持ち出す場合もあったし、「企業戦士」なんて言葉もあった。
国なら普通に考えて換わるものはないけれど、命は言い過ぎにしても少なくとも生涯を賭けるには、終身雇用が前提になっていなければならないだろう。

しかし、昭和40年代はともかく30年代にはまだ実際に定年まで務めあげた人なんてさほどいなかったんじゃないかと思う。
なのに何故それを信じさせることができたのだろう。

江戸時代の藩態勢への類推だろうか?あるいは戦前に既にその芽があったのか?
それとも何か他に魔法の言葉があったのだろうか?

AvatarA

【H】しかし、昭和40年代はともかく30年代にはまだ実際に定年まで務めあげた人なんてさほどいなかったんじゃないかと思う。

定年は勤続年数じゃなく、年齢により解雇されるものだから、定年まで勤めた人はたくさんいたんじゃない?
会社都合での解雇もほとんどなかったろうから、終身雇用は信用されたんじゃないかな。
あと月給取りとしては公務員が見本となったんじゃないかな?

【A】定年は勤続年数じゃなく、年齢により解雇されるものだから、定年まで勤めた人はたくさんいたんじゃない?

でも、戦後落ち着いてから始まった会社ならせいぜい10~15年、その時点で定年なら同時55歳定年として40歳以上からの就業だ。
それだけで本当に終身雇用を信用させることができたんだろうか?

少なくとも新卒時からの給与体系のモデルを示す必要があると思うんだけど、それちゃんとやってたのかな?

あるいは終戦で途切れたと思ってたものが、実は戦前から連続してたってパターンだろうか?

この辺の疑問は以前クレージー・キャッツの映画を見たときにも話した覚えがあるなあ。

テーマ : 政治・経済・社会問題なんでも
ジャンル : 政治・経済

続 飛鳥の穌


「飛鳥の酥」、ネットでは「蘇」って表記の方をよく見かけるんだけど。
古字?読みは?


AvatarA
忍法秘話で「酥」でした。
読みは「そ」です。




先のネットでというのには土産ものの紹介記事も含んでいるんだけど、Aが買ったのは「酥」だったの?

あと、Wikipediaにはこんな表記もあった。
「 蘇は牛乳を煮詰めたものであり、酥は牛乳を煮詰めるときに出る被膜(乳皮)を集めたものであるから、蘇と酥は明確に違うものを指す。蘇と酥が混同されるのは、発音が同じであり、更に乳製品が「涅槃経」の中で書かれており、後世になってから文献を本に復元された為、という説もある。」

また、中華料理系では「酥(スゥ)」の字がよく見られる。パイやクッキーのようなもんみたいけど。
AvatarA
私が買った商品の名は「蘇」でした。
「酥」は忍法秘話の記載です。
てっきり同じものという認識でした。
いずれにしても製法は現代に伝承されておらず、文献に基づいて復元したもののようでした。

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

飛鳥の穌

AvatarA
石舞台に行ったついでに飛鳥寺にも詣でた。
その脇にあった売店で「飛鳥の酥」を売ってた。
古代のチーズらしい。

酥という名前に覚えがあった。
白土三平の忍法秘話シリーズに不老不死の妙薬を探し求め破滅する忍者たちを描く「イシミツ」という連作がある。
奈良、平安、戦国、江戸の4つの時代にまたがり、忍者たちはイシミツと呼ばれる不老不死の妙薬を探す。
夏虫冬草やはちみつなどがイシミツとして登場し、不老不死の妙薬かと探索者を期待させるが裏切られていく。
酥は奈良時代編に出てくるイシミツだ。
ある貴族が伝説のイシミツとは酥ではないかと考える。
しかし、日常的に酥を食していたミカドが若くして亡くなったことで、誤りに気付くといった話だった。

さて酥の味だが、腐りかけのチーズのような風味で気持ち悪かった。
娘は美味しいと食べていたけど・・・

テーマ : 歴史雑学
ジャンル : 学問・文化・芸術

石舞台

AvatarA
嫁さんと飛鳥の石舞台を見てきた。
ぽっかり抜けたような明るさが印象的だった。

古代の遺跡や建造物を見た時に感じる静けさ霊験神妙さそしてその裏に潜む死のにおいが全くない。
蘇我馬子の墓だという説が有力だと言うが、それを連想させるものは積み上げられた巨石だけだ。

石舞台はバス停から5分ほどなだらかな丘陵を登って行ったところにある。
丘陵は芝生のようだが、春の野花も咲いていて明るくのんびりした雰囲気だ。

坂の先にある石舞台は周囲が空堀のように掘り下げられ、中央が舞台のようにせりあがっている。
空堀の底にも芝生と野花が生えていて、絨毯のようだった。
ここに来て長年の認識誤りに気付いた。
石舞台って「石でできた舞台」だと思っていたが、「石が置かれた舞台」なんだね。


テーマ : 史跡
ジャンル : 学問・文化・芸術

ロスアラモスの議論

AvatarA
マンハッタン計画のドキュメンタリーを観た。

ナチが原爆を先に開発するかもしれない、という恐怖に追い立てられてアメリカで原爆開発が始まる。
ロスアラモス研究所に集まった科学者たちは、オッペンハイマーの指揮の下原爆開発に夢中になっていった。
人を殺す武器だと分かっていても零戦開発に没頭する『風立ちぬ』の堀越二郎と同じだ。
両者に共通しているのは、自分の発明品のもたらすものへの想像力の欠如だ。
ドイツが降伏し、ナチは原爆を開発していないことが分かり、原爆実験に成功した科学者たちは立ち止まる。
「日本を屈服させ戦争を終わらせるために原爆をどう使うべきか?」
2つの意見が出た。
一つは「都市に原爆投下してその威力を示す」
もう一つは「無人島に原爆投下しデモンストレーションを行う」
議論は前者が勝ったという。
その影響とは限らないが、広島長崎に原爆が投下された。

原爆投下の是非について考える時、私はいつもこう思っていた。
「日本を降伏に誘導するためなら、無人島へ投下してその威力を知らしめれば十分のはず。広島長崎への投下は言い訳のできない暴挙だ」
今回のドキュメンタリーで「無人島でのデモ」を主張した科学者がいたことを知り、少し救われた気持ちだ。

実は最近ある疑念が湧いてきている。
「あの国民を虫けら扱いし、勝ち目のない戦争を継続した当時の日本の指導者たちが、人が死なない無人島のデモを正しく受け止めただろうか?」

さてドキュメンタリーは朝永振一郎博士の言葉を紹介して終わる。
「科学者の仕事は新しい発見や発明にとどまらない。
それがもたらす善悪を世間に伝えることも重要な仕事だ」

 【A】「日本を降伏に誘導するためなら、無人島へ投下してその威力を知らしめれば十分のはず。広島長崎への投下は言い訳のできない暴挙だ」


原爆の使用以前に都市への無差別空襲は暴挙であることも忘れてはいけない。
原爆にピンポイント攻撃などあり得ないから、原爆使用には無差別空襲の容認の前提有りきだ。

 【A】「あの国民を虫けら扱いし、勝ち目のない戦争を継続した当時の日本の指導者たちが、人が死なない無人島のデモを正しく受け止めただろうか?」 


もとより戦争そのものを肯定するわけでもないし、不謹慎になるのは承知の上で言えば、戦争にもゲームのようなルールがあり、かっては勝負は軍隊の間で決していたもの。
勿論、なかには皆殺しも行われただろうし、敗れた側の人民への不当な扱いはあったが、それを悪とする方向へ世界は進んだはず。

それが兵器の近代化で素人の兵士への登用が容易になり、戦争が職業軍人だけのものではなくなった。
それでも、軍事施設以外への攻撃への抑制はあったのに、いつかその線を越えてしまった。

その中でも日本はかって武士の世なら戦とは無縁であったはずの人民を巻き込むことにかけては先頭を切っていて、むしろ盾と考えていたのではないかとさえ思われる。
そのせいかどうかわからないが、戦後を含めて原爆以外の無差別空襲への抗議はあまり耳にしない。

そんなだから、確かにあの軍部への疑念は禁じ得ない。もっと言えば、我々日本人の軍部への嫌悪感はしばしば近隣の国から利用されることになって誠に残念だ。

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テーマ : 軍事・安全保障・国防・戦争
ジャンル : 政治・経済

邪馬台国論争

AvatarA
邪馬台国の所在地が、九州なのか、畿内なのかを論争して数十年。
いっこうに結論は出ない様子。
昔から気になっていたのは、何で九州の学者は九州説で、関西の学者は畿内説なのか?ということ。
あれじゃとてもアカデミックな論争とは思えない。
そりゃ、地元に邪馬台国があったら、うれしいし、色々メリットもあるんだろうが、学者が同町圧力に流されちゃいかんよな。

それとも九州の大学で畿内説を唱えたり、近畿の大学で九州説を主張する学者はいるけど、マスコミが取り上げないだけなんだろうか?


この件に関しては私はあまり知識がなくて、論じることができないんだけど、この話前にしたよなと思ってブログ内検索したら、9年前に「論文の権威」で話してた。で、例によって話はあちこちに飛んでるんだけど、我ながらなかなか面白かったので、下記にURLを貼っておきます。

http://spacecowboys33.blog130.fc2.com/blog-entry-447.html

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

フィクションを信じる能力

AvatarA
ユヴァル・ノア・ハラリという学者がテレビで言ってた。

「ホモ・サピエンスが、知力体力ともに勝るネアンデルタール人を駆逐できたのは、”フィクションを信じる能力”のおかげだ。」

ここでいうフィクションを信じるとは、実際に見聞きした体験でなくても仲間の言うことを信じることを指す。
「あいつらは敵だ」とか「魔女は人間ではない」などと聞かされ、それを信じることで大きな人数の集団が団結して敵に対することが出来る。
この集団の力でネアンデルタール人を圧倒したとハラリ博士は言ってた。
そのフィクションの最たるものが宗教だ。
宗教により集団の団結力を高め敵に対抗する訳だ。

それにしても宗教をフィクションと言い切る学者を初めてみた。

事実と理論に生きているはずの科学者は、無神論者であるのが自然だと思う。
しかし高名な学者でも宗教を否定するような発言は避けている気がする。
やはり神の否定は学者の世界でもタブーなんだろうと感じてきた。

その中でハラリ博士は明らかに神の存在をフィクションと否定している。
少しずつ科学界も変わりつつあるのかもしれない。


【A】「ホモ・サピエンスが、知力体力ともに勝るネアンデルタール人を駆逐できたのは、”フィクションを信じる能力”のおかげだ。」


私が聞いた説で比較的耳新しいのは、投げる武器を手に入れたからというもので、このブログにも書いたと思ったんだが、ブログ内検索しても見つからなかった。

【A】それにしても宗教をフィクションと言い切る学者を初めてみた。


主題はここか。
処女懐胎とかまさにフィクションだわな。
ただわかっていてもそれに触れる者は確かに見かけない。

また、フィクションならばこそ出来映えの良し悪しもあるわけだ。

ところで、私が宗教の起源の一つかもと思ったのは、エスキモーのアザラシ猟を見た時だ。
捉えた子アザラシを助けようと向かって来る母アザラシに銛を打つの姿に、こりゃ神を作って許しを乞わざるを得ないなあと思った。

テーマ : 宗教・信仰
ジャンル : 学問・文化・芸術

戦争特集(4)

AvatarA
あるドラマのセリフ。ジャーナリストのジョン・ハーシーは、1946年春の広島に入り、そのレポートを「NEW YORKER」に発表した。

「NEW YORKER」誌の編集部は、連載という形をとらず1冊まるごと使って全編を掲載した。
1946年8月31日発行の「NEW YORKER」に他の記事はいっさい掲載されていない。
それが「HIROSHIMA」だ。
これにより原爆のすざまじい現状を世界は知ることになった。

そのジョン・ハーシーは後年こう語っている。

「これまで核兵器の新たな使用を防いできたのは、ヒロシマ・ナガサキに対する人類の記憶だ!」

毎年繰り返される、戦争特集はやはり必要なんだなと思う。

テーマ : その他
ジャンル : その他

プロフィール

spacecowboys A H

Author:spacecowboys A H
Space Cowboys は、2人の親父です
"A" システムエンジニア・
   中日ファン・世情に疎い
"H" 総務畑・てっちゃん・
   阪神ファン・雑学が得意
2人ともイーストウッド好きの還歴男

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